神戸地方裁判所 昭和62年(行ウ)31号 判決 1994年4月20日
兵庫県城崎郡竹野町竹野五六番地
原告
田中實治
右訴訟代理人弁護士
前田貞夫
同
福井茂夫
兵庫県豊岡市上陰字ウチタ二一六番地
被告
豊岡税務署長 成田耕二
右指定代理人
本多重夫
同
金政真人
同
松本裕樹
同
浅田洽爾
同
中井保弘
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して、昭和六一年二月三日付けでした原告の昭和五七年分、昭和五八年分、昭和五九年分の各所得税について、総所得金額をそれぞれ金五八二万四一三一円、金五八二万一一八九円、金六〇八万九五〇一円とした各更正処分のうち、それぞれ金一八四万〇一七〇円、二三六万五四〇〇円、二四六万五二七五円を超える部分及び右各年の各過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、「なりい薬局」の屋号で薬・雑貨・日用品等の小売業を営む者であるが、各法定申告期限までに、被告に対し、別紙「課税の経緯」の確定申告欄記載のとおり、昭和五七年分、昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の確定申告をした。
これに対し、被告は、昭和六一年二月三日、原告に対し、別紙「課税の経緯」の更正欄記載のとおりの更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下、これらの処分を一括して「本件更正処分等」という。)をした。
2 原告は、昭和六一年三月一八日、被告に対し、本件更正処分等につき異議を申し立てたが、被告は、同年六月一八日付けで右異議の申立てを棄却する旨の決定をした。
そこで、原告は、同年七月一四日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、昭和六二年六月一〇日付けでこれを棄却する旨の裁決をし、右裁決書は、同年六月一一日、原告に送達された。
3 しかし、原告の右各年分における総所得金額及び納付すべき税額は、別紙「課税の経緯」確定申告欄記載のとおりであり、これを超える本件更正処分等は違法である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3は争う。
三 被告の主張
1 (推計の必要性)
被告の部下職員前田一好(以下「前田」という。)は、原告の昭和五七年分、昭和五八年分及び昭和五九年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税の確定申告に係る所得金額の適否を調査する目的で、昭和六〇年一〇月一一日以降三回にわたり、原告方に臨場し、原告に対し、事業所得の金額を計算するための基礎資料となる帳簿書類等の提示を求め、原告の右各年分の所得金額について調査を行うとしたが、原告は、税理士資格のない民主商工会(以下「民商」という。)の事務局員らを立ち合わせるよう要求し、前田が、原告に対し、公務員の守秘義務及び税理士法にそれぞれ違反するおそれがあるので、これらの者を退席させた上で所得金額を計算するための基礎資料となる帳簿書類等を提出して、税務調査に協力するよう再三再四要請したにもかかわらず、原告は、これに応じず、第三者の立会いの要求に固執する等して被告の調査に協力しなかった。
このため、被告は、このような状態では原告の右各年分における所得金額を実額計算により算定することは不可能と判断し、やむを得ず推計により原告の所得金額を算定し、本件の各更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分をしたものである。
2 (推計の合理性)
(一) 被告は、原告の本件係争各年分の所得金額を算出するため、原告の住所地を管轄する豊岡税務署管内において所得税の確定申告書を提出している者で、本件係争各年分を通じて次の(1)ないし(7)の条件をすべて満たす者を抽出したところ、別表四の一ないし三の七名がこれに該当した。
(1) 医薬品小売業を営んでいること(化粧品、日用雑貨類を併せて販売する者を含む。但し、たばこを販売する者を除く。)
(2) (1)以外の業種目を兼業していないこと
(3) 青色申告書を提出していること
(4) 年間を通じて継続して事業を営んでいること
(5) 事業所が豊岡税務署管内(豊岡市を除く。)にあること
(6) 売上原価が一一〇〇万円以上五二〇〇万円未満であること
なお、右金額の範囲は、被告が主張する原告の売上原価が最も大きい昭和五九年分二五六六万二三四六円のおおむね二倍を上限とし、売上原価が最も小さい昭和五八年分二二八七万九六二六円のおおむね半分を下限としたものである。
(7) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと
(二) 右同業者の売上原価率及び算出所得率の算定根拠は、別表四の一ないし三のとおりである。
(三) 右同業者は、原告と業種、業態、事業規模及び立地条件において類似性があるから原告の所得を推計する基礎として適当であり、また、帳簿書類等の備付けを義務づけられた青色申告者であるから数値の正確性も有している。さらに、その抽出過程は大阪国税局長の発した通達に基づき機械的になされたものであって、その抽出に当たって恣意の介入する余地はない。
3 原告の本件係争各年分の事業所得金額は、以下に述べるとおり(別表一参照)であり、この範囲内でした本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。
(一) 昭和五七年分
(1) 売上原価 二三四六万六一五九円
別表一「昭和五七年分」欄記載のとおりである。
(2) 売上金額 三三九五万四七九五円
右(1)の売上原価を別表四の一記載の同業者の売上原価率(売上原価を売上金額で除した割合)の平均値で除して算出した。
二三四六万六一五九円÷六九・一一%=三三九五万四七九五円
(3) 算出所得金額 七五六万八五二三円
右(2)の売上金額に別表四の一記載の同業者の算出所得率(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた営業利益の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出した。
三三九五万四七九五円×二二・二九%=七五六万八五二三円
(4) 特別経費 二九万二三四九円
<1> 建物減価償却費 一二万八七二五円
別表三の一「昭和五七年分」欄記載のとおりである。
<2> 利子割引料 一六万三六二四円
別表三の二「必要経費算入額・昭和五七年分」欄記載のとおりである。
(5) 事業専従者控除 四〇万円
(6) 事業所得金額((3)-(4)-(5))六八七万六一七四円
(7) 不動産所得金額 一四万四〇〇〇円
(8) 総所得金額((6)+(7)) 七〇二万〇一七四円
(二) 昭和五八年分
(1) 売上原価 二二八七万九六二六円
別表一「昭和五八年分」欄記載のとおりである。
(2) 売上金額 三三五七万二四五一円
右(1)の売上原価を別表四の二記載の同業者の売上原価率(売上原価を売上金額で除した割合)の平均値で除して算出した。
二二八七万九六二六円÷六八・一五%=三三五七万二四五一円
(3) 算出所得金額 七六八万四七三四円
右(2)の売上金額に別表四の二記載の同業者の算出所得率(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた営業利益の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出した。
三三五七万二四五一円×二二・八九%=七六八万四七三四円
(4) 特別経費 三五万二五四三円
<1> 建物減価償却費 二〇万五九〇〇円
別表三の一「昭和五八年分」欄記載のとおりである。
<2> 利子割引料 一四万六六四三円
別表三の二「必要経費算入額・昭和五八年分」欄記載のとおりである。
(5) 事業専従者控除 四〇万円
(6) 事業所得金額((3)-(4)-(5))六九三万二一九一円
(7) 不動産所得金額 一四万四〇〇〇円
(8) 総所得金額((6)+(7)) 七〇七万六一九一円
(三) 昭和五九年分
(1) 売上原価 二五六六万二三四六円
別表一「昭和五九年分」欄記載のとおりである。
(2) 売上金額 三七六七万二二六三円
右(1)の売上原価を別表四の三記載の同業者の売上原価率(売上原価を売上金額で除した割合)の平均値で除して算出した。
二五六六万二三四六円÷六八・一二%=三七六七万二二六三円
(3) 算出所得金額 八八〇万〇二四〇円
右(2)の売上金額に別表四の三記載の同業者の算出所得率(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた営業利益の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出した。
三七六七万二二六三円×二三・三六%=八八〇万〇二四〇円
(4) 特別経費 三三万三八六五円
<1> 建物減価償却費 二〇万五九〇〇円
別表三の一「昭和五九年分」欄記載のとおりである。
<2> 利子割引料 一二万七九六五円
別表三の二「必要経費算入額・昭和五九年分」欄記載のとおりである。
(5) 事業専従者控除 九〇万円
(6) 事業所得金額((3)-(4)-(5))七五六万六三七五円
(7) 不動産所得金額 一二万六〇〇〇円
(8) 総所得金額((6)+(7)) 七六九万二三七五円
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1のうち、被告の部下職員である前田が被告主張のころ計三回にわたり原告方を訪れたこと、その際、原告が民商の事務局員らを立ち会わせるよう要求したこと、前田が原告の右要求を拒絶したことは認めるが、その余の事実は否認ないし争う。
被告の部下職員前田は、原告が但馬民主商工会の会員であって、第三者の立会いを要求することを予想して事前通知もなさずに原告方に臨場し、原告には調査を必要とする合理的な疑いがなく、原告がその調査理由の開示を求めたにもかかわらず、「長い間来てないから、ちょっと調査させてほしい。」と言うのみで調査理由を開示せず、さらに、原告が第三者の立会い要求という正当な権利行使をしたのに対し、被告の統括官及び前田は、正当な理由もなく第三者の立会いを拒絶し、これに従わないとの理由で調査を打ち切り、一方的に原告の取引先等に対する反面調査を行った。原告は、被告の部下職員前田の調査に対し、売上帳等帳簿類を用意して同人の調査に応じる態勢をとっていた。以上の事実からすれば、被告のした調査手続は違法であるとともに、推計課税を行う必要性も認められないから、被告のした推計課税は違法である。
2 同2は不知若しくは否認する。
3 同3について
(一) 昭和五七年分について
(1) (1)のうち、一部(別表五のとおり)は否認し、その余は認める。
(2) (2)ないし(4)及び(6)ないし(8)は争う。
(3) (5)は認める。
(二) 昭和五八年分について
(1) (1)のうち、一部(別表五のとおり)は否認し、その余は認める。
(2) (2)、(3)及び(6)ないし(8)は争う。
(3) (4)<1>につき認める。同<2>につき、但馬銀行竹野支店については認めるが、その余は争う。
(4) (5)は認める。
(三) 昭和五九年分について
(1) (1)のうち、一部(別表五のとおり)は否認し、その余は認める。
(2) (2)、(3)及び(6)ないし(8)は争う。
(3) (4)<1>につき認める。同<2>につき、但馬銀行竹野支店については認めるが、その余は争う。
(4) (5)は認める。
五 原告の反論
1 本件推計の非合理性
原告は、薬種商を営む者であるが、日用雑貨、化粧品、写真等の占める比率が高く、各同業者との格差ないし偏差が顕著に認められる。また、原告の店舗は、竹野浜海岸にあり、海岸から約四〇メートルの民宿街の中に位置している。竹野浜海岸は、日本海に面したほぼ竹野町の北東端に位置し、夏は海水浴客が年に約三五万ないし四〇万人訪れる山陰海岸最大の海水浴場である。竹野町は、旧の竹野村、中竹野村、奥竹野村及び椒村の四村が合併した町であり、中竹野村以外の住民は豊岡市に出ることが多く、竹野町竹野の中心には他に薬店が一店舗(宮田薬品)あるので、原告はごく限られた地域住民と海水浴客を対象にした営業を強いられている。さらに、右のような立地条件の下での原告の営業は、利益率の低いサンオイルや日焼け止め等一般化粧品や写真フィルム等の占める比率が高くなること、約四〇軒の浜茶屋に化粧品やフィルムを卸すようになって一層利益率が低くなっている。
以上のような特徴を原告が有するところ、豊岡税務署管内の薬局、薬店の中に、同様な特徴を有する店舗は一件もなく、被告が設定した同業者の選定基準は、右の原告の特徴を全く考慮していないものであり、これをもとに抽出した同業者の売上原価率及び算出所得率の平均値を機械的に用いてなされた被告の推計には合理性が認められない。
2 原告の事業所得
推計課税は課税者の所得額を実額で把握することができない場合に限って許される例外的な課税方法であり、以下のとおり、本件において原告の事業所得額を実額で把握しうる以上、本件推計課税は違法である。
(1) 売上原価
本件係争各年分の売上原価は、次のとおりであり、その明細は別表六、七、八の各三、四記載のとおりである。
<1> 昭和五七年分 二一〇一万一〇五二円
<2> 昭和五八年分 二二八九万二四一八円
<3> 昭和五九年分 二五七一万四八一二円
(2) 売上金額
本件係争各年分の売上金額は、次のとおりであり、その明細は別表六、七、八の各二記載のとおりである。
<1> 昭和五七年分 二七五九万三三一二円
<2> 昭和五八年分 三一二二万九一四九円
<3> 昭和五九年分 三三六四万九九八五円
(3) 一般経費
本件係争各年分の一般経費は、次のとおりであり、その明細は別表六、七、八の各一記載のとおりである。
<1> 昭和五七年分 二七一万七九〇二円
<2> 昭和五八年分 三二二万七九二二円
<3> 昭和五九年分 三〇四万九四五九円
(4) 特別経費
本件係争各年分の特別経費は、次のとおりであり、その明細は別表六、七、八の各一記載のとおりである。
<1> 昭和五七年分 七〇万二七〇四円
<2> 昭和五八年分 七〇万八一〇六円
<3> 昭和五九年分 五三万三四三四円
(5) 事業所得
以上により、原告の本件係争各年分の事業所得は、次のとおりとなる。
<1> 昭和五七年分 三一六万一六五四円
<2> 昭和五八年分 四四〇万〇七〇三円
<3> 昭和五九年分 四三五万二二八〇円
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。
理由
一 請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件処分手続と推計の必要性について
1 成立の争いがない乙第一ないし第三号証、証人前田一好の証言によれば、原告の昭和五七年分、昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の確定申告書は所得金額のみを記載し、売上金額や必要経費の内容を記載していないものであったこと、そこで、被告の部下職員である前田は、原告の右係争各年分における所得の調査のため、昭和六〇年一〇月一一日に原告方を訪れたこと、その際、前田は、身分証明書を提示して原告に対し帳簿書類等の提出を要求し調査に協力するよう求めたが、原告は、民商に加入しているので自分一人の判断で調査に応じるか否かを決められないので後日改めて来てほしいと言っていたこと、結局、その日は調査に入ることができなかったこと、翌日、前田は、原告に電話をかけて次回調査日の調整と調査に対する協力要請をしたところ、原告は、第三者の立会いがなければ調査に応じることができないと述べていたこと、これに対し、前田は、第三者の立会いは国家公務員の守秘義務や税理士法との関係から認められないと答えたが、原告が納得しなかったため、その日は結局、次回調査日の取決めができなかったこと、前田は、同月二三日、原告に電話をしたが原告は不在で原告の長男田中幸成(以下「幸成」という。)が対応したので、同人に対し同月二五日に調査のために原告方に臨場する旨原告に伝えるよう依頼したこと、翌日、原告は、豊岡税務署を訪れたが前田は不在であり、税務署の職員に対し、同月二五日は都合が悪い旨前田に伝えるよう頼んだこと、同日、前田は、原告に対し、折り返し電話をかけて同月三〇日に調査に訪れる約束をしたこと、その際、前田は、原告に対し、第三者の立会いなしで調査に協力するように頼んだが、原告は、民商の会員であるので必ず立会いはしてもらうと答えてこれを拒絶したこと、前田は、同月三〇日に、原告方を訪れたところ、原告方では第三者五名が調査に立ち会おうとしていたこと、前田は、第三者の退室を求めたが、原告は、民商には高い会費を払っているから調査のときには必ず立ち会ってもらうと述べていたこと、また、立ち会っていた第三者も立会いの人数はこれから増えることはあっても減ることはないと言っていたこと、そこで、前田は、これ以上調査を進めることはできないと判断し、原告に対し反面調査に移行すると伝えて帰ったこと、前田は、同年一一月七日、原告方を訪れたが原告は不在で幸成に対し税務署からの調査協力要請を原告に伝えるよう頼んだこと、前田は、同年一二月四日、原告に対し電話でこれまで調査した額と原告の申告額との差があるので帳簿等を見せるよう依頼したこと、これに対し原告は、前と同様に立会いがなければ調査には応じられないと述べ、結局、帳簿等は提示されなかったこと、前田は、同月一一日、再度原告に対し、電話で帳簿類等を提出すればそれをもとに調査を進める旨伝えたが、原告の協力が得られなかったこと、前田は、昭和六一年一月二七日、原告に電話をかけ、調査額と原告の申告額の差について話を聞こうとしたが、原告は、やはり第三者の立会いがなければ調査には応じないと述べていたこと、このような経緯のため被告は、推計により原告の所得金額を算定し、昭和六一年二月三日、本件更正処分等をしたことが認められる。原告田中實治、証人田中幸成の供述中、右認定に反する部分は採用することができない。
2 原告は、被告の部下職員が事前通知なく原告方に臨場し、原告について調査を必要とする合理的な疑いがなく、また、原告の調査理由の開示要求に応ぜず、原告の正当な権利行使である第三者の立会い要求にも応じないほか、反面調査の必要性なくして反面調査を行ったと主張する。
調査方法の相当性につき、所得税法二三四条に基づく質問検査の範囲、程度、場所等の実施の細目については、実定法上の特段の定めがないのであるから、客観的にみて質問検査の必要があり、かつ、相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられているものであり、また、右質問検査は調査対象者の資産、営業上の秘密に立入るのみならず、取引先たる第三者の右秘密事項にも調査が及ぶおそれがあること、さらに税理士の資格を持たない第三者の立会いは、その具体的態様いかんによって税理士法違反の余地があるものである。
これを本件についてみると、右認定の事実によれば、原告が被告に提出した本件係争各年分の確定申告書には所得金額のみが記載され、売上金額や必要経費の内容が記載されていなかったことが認められるから、本件においては、客観的に判断して質問検査の必要性を認めることができる。また、被告の部下職員が、最初は事前連絡をすることなく、原告を訪ねたことや、調査の具体的な範囲や理由を告げなかったこと、さらに原告の求めた第三者の立会いを拒否し、原告の取引先に対する反面調査を行ったことは、いずれも税務職員の裁量に委ねられた権限の範囲内の行為であって、右認定の事実によれば、本件における税務職員の行為をもって、社会通念上相当な限度を逸脱した行為とみることはできない。
3 さらに、前記二1認定の事実によれば、本件更正処分等をした時点において、被告が原告の係争各年分の所得の実額を算定することは不可能であったと認められるから、推計による課税処分の必要性があったといわなければならない。
三 推計の合理性について
1 その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証、第五号証、証人中村嘉造の証言によれば、以下の事実が認められる。
(一) 大阪国税局課税第一部国税訟務官室勤務の中村嘉造は、推計によって原告の所得金額を算出するのに必要な同業者の選定について、大阪国税局長の一般通達に基づき、豊岡税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者で、本件係争各年分を通じて次の(1)ないし(7)の条件をすべて満たす者を抽出するよう指示した。
(1) 医薬品小売業を営んでいること(化粧品、日用雑貨類を併せて販売する者を含む。但し、たばこを販売する者を除く。)
(2) (1)以外の業種目を兼業していないこと
(3) 青色申告書を提出していること
(4) 年間を通じて継続して事業を営んでいること
(5) 事業所が自署管内(豊岡市を除く。)にあること
(6) 売上原価が一一〇〇万円以上五二〇〇万円未満であること
(7) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと
(二) 同指示に基づく右(6)の金額の範囲は、被告が主張する原告の売上原価が最も大きい昭和五九年分二五六六万二三四六円のおおむね二倍を上限とし、売上原価が最も小さい昭和五八年分二二八七万九六二六円のおおむね半分を下限とされた。
(三) 右指示に基づき、豊岡税務署長は、調査を行い、大阪国税局長に対し、別表四の一ないし三のとおり七名を報告した。
2 右認定事実によれば、原告の所得を推計するための同業者の売上原価率及び算出所得率を算出する目的で、被告が選定した同業者の選定基準は、業種、業態、事業規模及び立地条件等から、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであり、右同業者の選定に当たって被告の恣意が介在した余地が認められない。また、右各同業者は、いずれも一年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告が確定していることから、右各同業者の数値は正確性の高いものであり、かつ、選定された同業者数は、係争各年分とも七名であって、同業者の個別性を平均化するに足りる件数であるといえる。
3 これに対し、原告は、薬種商であるが、日用雑貨、化粧品、写真等の占める比率が高く各同業者との格差ないし偏差が著しいこと、原告が地域の特殊性からごく限られた地域住民と海水浴客を対象にした営業を強いられていること、原告の営業は、利益率の低い一般化粧品や写真フィルム等の占める比率が高く、さらに浜茶屋に化粧品やフィルムを卸すようになって一層利益率が低くなっていること等の特殊性があるから、本件の同業者による推計は合理性を欠く旨主張する。
しかし、本件訴訟において推計課税が必要とされたのは、前記認定のとおり、被告の所得調査に対する原告の非協力的な態度により、所得の実額を算定することができなかったものであり、この推計により得られた近似値を真実の所得金額として扱うものであるから、同業者の数値から推計を行う場合にも、業種、業態、事業規模、立地条件等において同業者と原告とが完全に一致する必要はなく、比較同業者との類似性の有無・程度あるいは同業者から得られる数値による推計を不合理ならしめる程の特殊事情が原告に存するか否か等から推計の合理性の有無を実質的に判断するのが相当である。
そこで、この点につき判断するに、証人田中幸成の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四三号証の一ないし三によれば、原告の売上は、一年のうちで七月と八月の海水浴の時期が一番多いことが認められるが、他の月にも右の時期の半分近い売上が継続してあることが認められる。
また、医薬品小売業において、販売される商品が各販売店や季節によって多少の差異があること、日用雑貨、化粧品の占める比率が高く、それらの利益率が低いことも原告の同業者全般にみられることであって、特に原告のみに限った特殊事情であるとはいえない。
したがって、原告主張の事情は、平均値による推計によって捨象される域を超え、同業者の数値による推計を不合理ならしめる程の特殊事情に当たるとまでは認められない。
4 以上によれば、被告がした同業者の選定は合理性があり、右により選定した七名の同業者の売上原価率及び算出所得率の平均値により原告の所得を推計したことは適法である。
四 原告の事業所得について
1 本件係争各年分の原告の売上原価
(一) 原告の本件係争各年分の売上原価は、別表二記載の金額のうち別表五記載の金額を除き、当事者間に争いがない。
(二) 別表二記載の金額のうち争いがあるものについては、別表五記載のとおり、同掲記の各証拠(いずれも証人中村嘉造の証言により成立を認めることができる)により、被告主張の金額を認めることができず、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) したがって、原告の本件係争各年分の売上原価は、被告主張のとおり別表一の売上原価欄記載の金額であると認められる。
2 本件係争各年分の原告の売上金額
(一) 前記三で述べたとおり、本件係争各年分の被告主張の同業者の売上原価率の平均値を用いて原告の売上金額を推計する方法は合理性があると認められる。
したがって、原告の売上金額は、右1記載の売上原価に、右売上原価率の平均値を除して算出した額となり、別表一の売上金額欄記載のとおり、昭和五七年分が三三九五万四七九五円、昭和五八年分が三三五七万二四五一円、昭和五九年分が三七六七万二二六三円であると認められる。
(二) 実額反証について
原告は、本訴において、原告の係争各年分の事業所得として、係争各年分の売上金額を実額で主張し、本件推計による本件処分の事業所得金額が右実額より過大であるから、本件推計課税は違法である旨主張する。
仮に、原告の係争各年分の売上金額を実額で算出できるのであれば、そこから認定ないし推計に係る経費を控除して所得金額を算出する方法をとるのが、本件推計のように売上金額を推計し、そこから更に所得を推計するという二重の推計方法によるよりは、原告の事業所得金額をより客観的数置に近い近似値として把握しうるものであり、一層合理性の高い方法であることは明らかである。そこで、原告の係争各年分の売上金額が実額で算出できるかについて検討する。
(1) 推計課税における実額反証の立証責任
ところで、推計課税は、実額課税と同様に真実の所得金額を認定するために、納税者が実額を算定するに足りる帳簿書類等の直接資料を提出しないなど、税務調査に協力しない場合、やむを得ず真実の所得額に近似した額を間接資料により推計し、これをもって真実の所得額と認定する方法であり、課税庁において右推計課税の合理性につき立証した場合には、特段の反証のない限り、右推計課税の方法により算定された額をもって真実の所得額であると認定するものである。
そして、申告納税制度の下において自己の申告所得額が正しいことを説明すべき納税者が、税務調査に協力せずに課税庁に推計課税を余儀なくさせた上、実額反証において立証責任を負担しないとすれば、誠実な納税者よりも利益を得ることになって不当であること、さらに、納税者の経済行為については第三者たる課税庁よりも当事者たる納税者が自己に有利な証拠を提出することが容易であることに照らせば、納税者が推計課税取消訴訟において所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、納税者においてその主張する実額が真実の所得額に合致することを立証する必要があるというべきである。
原告は、係争各年分の売上金額は昭和五七年分が二七五九万三三一二円、昭和五八年分が三一二二万九一四九円、昭和五九年分が三三六四万九九八五円であって、その詳細は別表六、七、八の各二記載のとおりであるとして、右金額を店頭売上帳(甲第一号証ないし第一二号証の一、二)及び売掛帳(甲第一三号証の一、二)を基に主張しているので、右帳簿の真実性、正確性について以下検討する。
(2) 原告の帳簿書類等の一般的問題点について
証人田中幸成の証言及び原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証ないし第一二号証の一、二、証人田中幸成の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の事業は、店頭での現金販売を主体とし、夏の海水浴シーズンには海水浴場にある浜茶屋等への掛売りも行っているが、それについても現金で回収していること、原告店舗における現金取引については、取引ごとに売上帳ないし売掛帳に記載するようにしているが現金出納帳は付けていないこと、一日の売上金額と手元現金残高を照合して売上金額に漏れがないかどうかの確認は行っていないこと、夏の忙しい時期には晩に寝てからでも思い出しては起きて記入するということもあったこと、売上帳は商品の品切れを防止することを主目的に記帳しており、税務署に提出することは念頭においていなかったことが認められる。
右認定事実によれば、原告の売上帳及び売掛帳については記入漏れが数多くあることが推認され、原告の右帳簿の真実性、正確性は高くないと認められる。
(3) 原告の帳簿書類等の個別の問題点について
証人田中幸成の証言及び原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証の二、第三号証の二、第六号証の二、第九号証の二、第一〇号証の二、第一三号証の二、第四三号証の一ないし三、証人田中幸成の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の店頭売上分につき、昭和五七年分の写真の部の売上三二六万四七〇〇円が計上漏れとなっていること、夏の浜茶屋等への卸売りの分につき、昭和五七年分の才の浦(サトウ)への一万三九〇〇円、同年分の日の出に対する五万円、昭和五九年分の水田に対する二万九三〇〇円の各売上が計上漏れとなっていること、化粧品の売上金額は、店頭売上帳に「化粧品5500」とか「化粧品16100」というように化粧品の売上金額を一括して記載していること、この点について原告は化粧品の売上帳は別にあると供述するが右化粧品の売上帳を証拠として提出していないこと、昭和五七年八月一三日から同五八年一月一六日までの間の店頭売上帳は紛失してしまったこと、原告は本件係争各年分の夏の浜茶屋等への卸売りの売上額を加算・減算しているが、右加算・減算は大体五万円くらい夏に買いに来ているという原告の頭の中にある経験ないし記憶に基づくものであること、別表六の一ないし三の自家消費欄に計上している自家消費の金額は当初の確定申告時には計上していなかったことが認められる。
(4) 右認定の事実によれば、原告が売上金額の実額を算定した根拠となる売上帳簿等の帳簿類が売上金額を漏れなく記載しているという信用性は低く、本件において原告の売上金額を実額で把握することはできないといわなければならない。
(三) したがって、前に述べたとおり合理性が認められる本件推計によって算出した前記2(一)の金額をもって原告の売上金額とみるべきである。
3 本件係争各年分の原告の算出所得金額
(一) 前記三で述べたとおり、本件係争各年分の被告主張の同業者の算出所得率の平均値を用いて原告の所得金額を算出する方法は合理性が認められる。
したがって、原告の所得金額は、右2記載の売上金額に、右算出所得率の平均値を乗じて算出した額となり、別表一の算出所得金額欄記載のとおり、昭和五七年分が七五六万八五二三円、昭和五八年分が七六八万四七三四円、昭和五九年分が八八〇万〇二四〇円であると認められる。
(二) 実額反証について
右算出所得金額は、原告の一般経費を推計により算出し、原告の売上金額から売上原価を右推計した一般経費を差し引いたものであるが、原告は、本訴において原告の係争各年分の一般経費を実額で主張するので、原告の係争各年分の売上金額が実額で算出できるかについて検討する。
(1) 原告は、一般経費の実額を証明する帳簿書類として、昭和五七年度ないし同五九年度経費帳(甲第一四号証の一ないし三)、昭和五八年度ないし同五九年度領収書綴(甲第一五号証の一、二)並びにラッキーシール買上表(甲第一六号証)を提出する。
(2) 証人田中幸成の証言及び原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一ないし三、第一五号証の一及び二、証人田中幸成の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の昭和五七年度ないし同五九年度の経費帳は日々継続して記帳されたものではなく月の終わりに領収書を見て書かれたものであること、原告の昭和五八年度領収書綴の中に含まれていた読売新聞の昭和五八年五月分新聞折込料一二五〇円の領収書は原告以外の者の領収書であること、右額が原告の昭和五八年度経費帳の五月のところに読売広告料として含まれていること、昭和五七年度ないし同五九年度の経費帳に記載されているもののうち、その支払いを裏付ける領収書等がないものが相当数あること、接待交際費中のゴルフに要した費用については領収書がなく、大体二万円くらいは使っているといった記憶に基づいて記載されていること、昭和五九年度経費帳の八月分の広告宣伝費三万円は中元として得意先に物を送ったものであるが支払先や送った物が何かは明らかでないこと、原告は水道料、電話料、ガソリン代、自動車修理車検代及び固定資産税等の租税公課については事業用割合で按分しているが、右按分は使用頻度で大体これくらいであるということに基づいてなされていることが認められる。
(3) 右認定の事実によれば、原告が一般経費の実額を証明するために提出した帳簿類が原告の一般経費を正確に記載しているものとみることはできず、本件において原告の一般経費を実額で把握することはできないものといわなければならない。
(三) したがって、前に述べたとおり合理性が認められる本件推計によって算出した前記3(一)の金額をもって原告の算出所得とみるべきである。
4 特別経費について
(一) 建物減価償却費
(1) 昭和五七年分を除く別表一の建物減価償却費欄記載の金額は、当事者間に争いがない。
(2) 成立に争いがない乙第二九号証によれば、別表三の一記載の倉庫についての取得年月日は昭和五七年八月一五日であると認められるから、同年分の倉庫の償却期間は一二分の五であり、昭和五七年分の建物減価償却費は、被告主張のとおり別表一の昭和五七年分の建物減価償却費欄の金額であると認められる。
(二) 利子割引料
(1) 別表三の二記載の金額のうち、但馬銀行竹野支店に対する部分は、当事者間に争いがない。
(2) 争いがある竹野町農業協同組合に対する金額については、弁論の全趣旨によれば、被告主張のとおり別表三の二記載の金額であると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
5 事業専従者控除について
原告の事業専従者控除が、昭和五七年分及び同五八年分が四〇万円、昭和五九年分が九〇万円であことは、当事者間に争いがない。
6 原告の事業所得
以上によれば、原告の係争各年分の事業所得は、昭和五七年分が六八七万六一七四円、昭和五八年分が六九三万二一九一円、昭和五九年分が七五六万六三七五円となる。
五 よって、本件更正処分等は、右に認定した本件係争各年分の各事業所得金額の範囲内で行われたものであって、いずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 影浦直人 裁判官吉野孝義は、転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 辻忠雄)
別紙
課税の経緯
別表一
事業所得金額の計算
別表二
仕入金額の明細
別表三の一
建物減価償却費
別表三の二
利子割引料
別表四の一
昭和57年分同業者率一覧表
別表四の二
昭和58年分同業者率一覧表
別表四の三
昭和59年分同業者率一覧表
別表五
原告と被告の間に争いのある仕入についての明細
別表六の一
昭和57年分 所得計算書(1月1日~12月31日)
別表六の二
売上集計表
別表六の三
売上集計表
別表六の四
売上集計表
別表七の一
昭和58年分 所得計算書(1月1日~12月31日)
別表七の二
売上集計表
別表七の三
仕入集計表(No.1)
別表七の四
仕入集計表(No.2)
別表八の一
昭和59年分 所得計算書(1月1日~12月31日)
別表八の二 売上集計表
別表八の三 仕入集計表(No.1)
別表八の四 仕入集計表(No.2)